junyaのブログ

無職の日常

人生振り返り①

なんとなく、何もなかった自分過去を振り返ってみたいと思います。



1973年大阪の柄悪い地域で未熟児で産まれる。



赤ん坊の頃

すでに鼻が。


父が亡くなって兄嫁が取り寄せた資料をみて発覚した事やけど、親戚で結婚してたらしい。

近親相姦は障害児生まれる確率上がるもんね。

この鼻と声のせいで、普通に自信が持てない人生になっていると思う。



幼稚園の頃


幼稚園の頃の記憶はほとんどないんやけど、なんか、


先生の腕を噛んだ ということがあったらしい。

今となってはそれくらいと思うものだが、父はずっとその事を人を殺した位の大げささで言っていた。そんな重大な事をしたんだとココロにしみついている。 そのせいで、最初の就職場所でも・・・。

とにかく風邪をよく引いて体が弱かったらしい。


小学校の頃



入学して数ヶ月で母が亡くなったらしい。白血病やったかな?

血が必要で父の会社の大勢の人に血を提供してもらって、帰りにお金とご飯を渡したとか飲んだらよく言っていた。

母は大きくてぽっちゃりで美人では無いけどみんなから好かれる人やったらしい。


家は長屋で母の父が工場をしてた場所を住居に改装した場所に住んでいた。

隣は市場で魚屋してる人と、印刷工場。しょっちゅうシンナー臭かった。

2階建で部屋の個室無し。

風呂は元は無く父が手作りしたらしい。トタン使用で隙間風がすごい。

一段下のキッチンや風呂に繋がる道は地面に土がある場所があり、アリ・ミミズ・ダンゴムシなど普通に家の中やのに虫などが普通にいた。ゴキブリ・ネズミも多く、しょっちゅう粘着ネズミ捕りで貼り付けてたな。

一度、コタツで寝巻きのズボン暖めてて、履いたらネズミがズボンに入り込んでて、足入れたらギャーってなった事も。


家族構成は祖母・父・兄・自分。

今考えると祖母と父が同居って変だよね。普通は結婚したら夫婦で過ごすやろうし、嫁の母の家っていうのもなんでかわからん。

猫は何代もずっと居た。だから猫派。


この頃は(障害とか気にする事もなく)割と活発で友達もいたし、女の子とも普通に話してたし、割と楽しかったかな。

スイミングと習字を習ってたと思う。

お菓子屋やおもちゃ屋にあるビデオゲームもよくやった。ゲーム好きの原点かな。


イズミヤのゲームコーナーの坊主めくりとかルーレットの倍率でコインでてくるのやら、コイン一枚を弾いで穴に落ちないようにゴールまで進めるのやら良くやった。イズミヤの中の店のカツ丼とお好み焼きはめちゃ美味かった。


イズミヤに続く道の商店街にあるうどん屋さんは、天ぷらうどんにすると、

揚げたて天ぷらを入れてくれて、じゅわーと美味しかったなぁ。

その前の漬物屋もたくあん漬けが美味しかった。


何十年経っても覚えてる味の記憶はすごい。